コロナウィルスから想うこと~やっぱり大切なのは自分が何を望むのか

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子どもたちが外出できなくなってから、そろそろ3カ月が立ちます。なんとなく動きはあるものの、今も20歳以下の子供は緊急時以外の外出はできません。

 

コロナさんが広まってから、私の中で感じてきたことをブログに書いてみたいと思います。あくまでも私が『感じた』ことですので、同じような現象を見たり、体感してきたとしても、感じることは人それぞれだと思っています。

 

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コロナウィルスという現象の中で感じたこと

 

コロナウィルスが世界に拡散してから、おそらく5カ月くらい立ちます。発生地と言われている中国だけに収まらず、日本を含めアジアに広がり、ヨーロッパそしてアメリカなどに広まっていきました。

 

イタリアやフランスで見られたコロナウィルスが猛威を振るう様子から、これはただごとではないという印象を受けました。

 

情報が交差する中で不安が大きくなる

 

これだけインターネットが当たり前に使われるようになった現代でも、まだまだ情報を整理することは簡単ではありません。今回のケースでは、普通では目に見えない『ウィルス』と向き合わなくてはならなかったことも原因しているでしょう。

専門家の意見や情報に頼らないと、確信に近いことがわからない。でも同じ専門家であっても、『未知のウィルス』であることも影響して、意見は未だにまちまちです。

 

そんな中、感染者や死者数が増え続け、たくさんの国でロックダウンや日常生活に規制が始まりました。すると、やっぱり「非常事態」であることがひしひしと伝わります。私が暮らす町でも、外出許可書がないと買い物にも出られなくなりました。

 

5月に予定していたワークアウェイなどはもちろん、延期。学校もテストも中断、新学期もいつ始まるのかも見えない状態です。それでも「非常事態」だからと、すんなり受け入れてきました。

 

そして、一日も早く収束させるためには拡散させないこと。人に移さないために手洗いやマスクを徹底してきました。外出できない分、情報収集の手段はインターネットです。インターネットでいろいろな意見に触れながら、当初の私は「新型コロナウィルスは尋常ではない。しっかり予防をすることが以前のような暮らしに戻れる一番の方法」と思ってきました。

 

多くの人が外出規制やロックダウンを受け入れてきた

 

日本人に大きな衝撃を与えたのは、志村けんさんがなくなったことではないでしょうか。高齢であったとはいえ、仕事も精力的にしていた方が数日のうちになくなってしまった。そして、多くの国が未知のウィルスにまるでなす術が他にないように、ロックダウンを実施していました。

 

こんな状況でしたから、国や自治体が決定した外出規制に抵抗や疑問を感じないで受け入れてきました。

 

なかにはスウェーデンのように国を上げてロックダウンをしないでコロナウィルスと向き合う方針を打ち出す国もありました。ロックダウンを実施した国では、経済活動が制限され暮らしが厳しくなり、行動規制がいつまで立っても解除されない現状に反発する人も出てきました。

 

それでも、多くの人たちはコロナウィルスの感染を予防し、以前の暮らしに戻るために行動の制限を受け入れてきました。

 

外出規制やロックダウンには限界がある

 

ロックダウンをしないで、コロナウィルス対策をしている国は、スウェーデンだけではありません。カンボジアやベラルーシー、そして韓国や台湾も日常生活に厳しい規制を敷くことなく、コロナウィルス対策を実施しています。

 

6月現在のスウェーデンの状況では、当初思っていた以上に感染率が低く、多くの国民が抗体を持つことは実現していないようです。人口あたりの死亡者数も隣のノルウェーと比較すると10倍にのぼると言われています。

 

決して楽観できるウィルスではないことが、スウェーデンの状況からわかります。

 

それでも、厳格な外出規制やロックダウンにはやはり限界があると思っています。

 

人は人と交わりながら生きていきたい生き物ではないかと思います。密接度に違いはあっても、挨拶をして、おしゃべりをして、時には肩を叩きあったり、ハグをしたり。ご飯だって多少お行儀が悪くても、美味しいものを食べながら語り合ったり笑い合ったりしながら、生きている喜びを感じます。そんな何気ないふれあいが明日への希望に繋がります。

 

余力があり余るほどの医療環境の充実

 

ある程度自由な行動ができるようになるためには、ゆとりある医療環境が必須だと思います。それは、感染をしたときに必要な治療が受けられる確固たる医療体制だけではありません。

コロナウィルスの感染や拡散を未然に防ぐための検査体制の充実です。韓国や台湾同様にコロナウィルスの減少に成功しているニュージーランドでは「風邪かな?」と思えば、気軽に検査できる環境が整っているようです。

 

専門家でもPCR検査に懐疑的な人がいます。確かに精度は十分でないこともあるでしょう。でも、そんな事を言っていたら、どうやって感染しているかどうか確認ができるのでしょうか。今現在の精度が十分でないことがわかっているのなら、2回でも3回でもチェックをすればいいと思います。

 

人は不安やストレスからも体調を崩し、病気になってしまうことがあります。PCR検査ができる体制を国がしっかりと確立する。そうすることで、「感染しているかもしれない」と不安を感じている人を減らせます。

 

感染していた人は国がサポートをしっかりする。ほかの人に移す心配がなくなるまで、医療従事者が見守る中で療養してもらう。

 

経済が上向きで『一億総中流階級』であった時代であっても、ブルーインパルスはいりません。ましてや、コロナウィルスが蔓延する以前から、政治や経済の中に隠蔽癒着利権が当たり前のように存在し、さまざまな問題を生み続けています。

ブルーインパルスなどに税金を使うことは、優先順位の問題でもありません。税金は国民の幸せと健康のために使うものです。

 

方向転換を希望します

 

上にあげた医療体制や設備の充実が基本にあることが理想になりますが、そろそろ地域や国外の行き来を再開してもいいのではと思っています。

 

『同じコロナウィルス』であっても、国によって対応の仕方はさまざまです。韓国や台湾は過去の経験を活かしながら、徹底した検査と隔離対策でウィルスが広がるのを防ぎました。それでも、新たな感染者はゼロではありません。

 

長期的にロックダウンを実行したヨーロッパや米国もウィルスをゼロにすることはできません。日本はユルユルなので、いまだにユルユルの状況が続いています。私が暮らすフィリピンも、島によって状況が大きく変わりますが、かなり厳しい外出規制を実施していますが、感染者をなくすことは難しそうです。

それでも、地域によっては感染者数は減少傾向にありました。でも、つい先日から、海外へ出稼ぎに出ていた人たちがたくさん家族の元へ帰ってきました。まだ海外から戻る予定でいる人たちが大勢います。現時点では、海外で働いていた人たち3万人を検査して450人以上が陽性だったようです。

 

同じ時に、ニュージーランドではコロナウィルスに感染している入院患者数がゼロになったと報道されています。もともとの医療体制や置かれている国の状況によって、コロナウィルス対策に費やせる国力や選択肢が異なります。

 

今後の課題として改善していくことはできるでしょうが、この時点でどの国でもニュージランドとおなじような政策が取れるわではありません。

そうなると感染者を限りなく減らすことはできるかもしれませんが、ゼロにすることを最終目的にしてしまうと出口が見えにくくなるのではと思います。

 

 

そんな思いもある反面、「急に広まったように急速に収束することもある」とも思っています。

 

 

自分を取り巻く状況以上に大切にしていきたいこと

 

外出規制が長引く中で、自分の中のエネルギーが少しずつ小さくなっていく気がします。予想もしなかった出来事が突然起こり、これから先どんなふうになっていくのか未知ですので、そんな風にも気持ちがしぼんでしまうことは、ある意味自然なことだとも思います。

でも、外側で起こる出来事ばかりに気を取られてしまうと、もっと大切なことを見失ってしまいます。ひとりでは生きていけませんし、ひとりで生きていくことは楽しいことではありません。

 

ですので、外の世界との関わりもとても大切です。でも私が私であるためには、どんな状況のときであっても、私は「何がしたくて、どんなことを望んでいるのか」を知ることはもっと大切です。それは私にしかできないことであり、私が私であるために常に意識していきたことです。

 

なんて書いていますが、簡単にわかるものでもないですよね。でも、そこを大切にしながら過ごすことで、見えてくることがあると思います。

 

自由に行動することを希望しながら、アルコール消毒に抵抗感

 

以前のブログでも書いたように、とにかく移らない移さないことに焦点を当ててきました。外出できる曜日に表に出るときにもマスクは必須、マスクがないと市場にも入れません。

入り口でアルコールを手に吹きかけられるのですが、はじめの頃は、アルコールが貴重なときにこんなふうにできることを徹底している様子に驚きました。そして、私もその姿勢に共感をしていましたので、「ありがとうございます」と思いながらアルコールをかけてもらっていました。

もともと化学的なものが苦手だったこともあり、除菌や殺菌とは距離をおいて暮らしていました。それでも、まずは広めないことと思って受け入れていたアルコールの匂いがしんどくなってきました。吸い込んでしまうと、体が拒否しているのがわかります。

 

そのため、最近はビニール手袋をかばんに入れて出歩くようにしています。市場やスーパーの入口で、新しい手袋をつけるとアルコールをかけられずにすみます。手袋をつけたままだと、汗をものすごくかきますが、出るまで外しません。アルコールをかけられなくなって、気持ち的にものすごく楽になりました。

 

これからずっと、アルコールなどで除菌をしていく暮らしが続いていくのでしょうか。

 

同じような価値観を持っている友だちとのやり取り

 

類は友を呼ぶと言われるように、私の友だちは「物事はいい方向へ流れていく」「すべてはベストなタイミングで起こる」と思っている人が多くいます。自分の気持ちをいい状態に保っていることが大切で、そう意識することで同じように良い状態を引き寄せていくと。

 

不安や心配になることに焦点を当てすぎない。目の前にある幸せを感じることを意識してきました。ところが、今回のコロナウィルスで、気がつくと先の見えない情報にばかり目が行き、頭の中だけではなく、飛び交う情報に気持ちも弱っていました。

 

そんなときに、大切なことを思い出すことができたのは、友達とのメールのやりとりです。おかれている状況に違いはありながらも、みんながその日を大切にすごしている。感謝すること楽しむことを気持ちの中心においている。そして、しっかり自分と向き合っている。

 

今回のコロナさん騒動で心のどこかで不安を感じるようになったのは、『私は何を大切にしていきたいのか』を見失っていたことが、大きく原因しているのではと思いました。私を取り巻く状況を知ることも必要です。そして、それよりも大切なことは、こんなときだからこそ余計に「私が何を望むのか」が私自身の基盤になります。

 

「自分を見つめなおしたい」ときにおすすめしたい2つのサイト

 

世界にはたくさんのサイトがあり、それぞれの人が思い思いの言葉を綴っています。サイトだけではなく、ブログやツイッター、インスタグラムなど数えだしたらキリがありません。星の数ほどもあるサイトなどの中から、コロナウィルスなどで気持ちが落ち着かないときに、おすすめしたいサイトをふたつ紹介します。

 

辻仁成さんの『滞仏日記』

 

ひとつは有名人である『辻仁成さん』のサイトです。ひょんなことから辻さんのサイトに辿り着きました。はじめは内容よりも、その読みやすさに驚きました。一度サラッと読んだだけでも、何が書かれているのかがわかります。「さすが、プロは違うなぁ」と思い、いい文章に触れていきたいと思い、お気に入りに登録しました。

何度か日記を読むうちに、息子さんとのふたり暮らしの様子や辻さんを取り巻くパリでのできごとが気になりだします。辻さんの表現力からでしょうか、頻繁に日記に登場する人たちは、すでに私の中で『知り合い』になりつつあります。

 

何気ない出来事に光を当てて物語に変えてしまうのは、すごいなぁと思います。パソコンを閉じで眠る前に読むことが増えています。それは、私にとってホッとできる心地よい内容だからです。ここ数日開けていないので、どんな物語が加わっているのか、気持ちがなごむお話が読めるのかとても楽しみです。

 

今回の内容をブログにしようと思った頃、ちょうど辻さんが書かれていた『コロナをめっちゃ怖がっていたヒトナリへ』と何度か読み返していきたい日記のURLを載せておきます。私が紹介する必要はまったくないくらいに有名な人ですが、感謝の気持も込めて。

 

滞仏日記「コロナをめっちゃ怖がっていたヒトナリへ」
作家 辻仁成主宰~海外で暮らす日本人から学ぶ、ライフスタイルマガジン
退屈日記「死にたいと思うのは人間だから、でも、生きなさい」
作家 辻仁成主宰~海外で暮らす日本人から学ぶ、ライフスタイルマガジン

 

友人が自分の内面ときちんと向き合っていることを綴っている『note』

 

学生時代に出会い友だちになれた人との時間や共有した想いは、かけがえのないものです。みんなと出会えて友だちになれた私はものすごく恵まれています。「もう一度戻ってみたい」と思えるほど、楽しい時間でした。

 

かけがえのない友だちができるのは、若いときだけではありません。おとなになってからも、色んな話ができ、たとえ離れていてもこれからも繋がっていたいと思える人と出会えます。そんな友人のひとりが、いっぽいっぽ歩んできた道のりを『note』に表現しています。

 

彼女自身がカウンセラーということもあり、自分の内面と向き合うすべを持っていることも影響しているでしょう。それ以上に彼女の中から『向き合う』ことへの静かなるエネルギーが生まれてきているように思います。そして、その流れに逆らわないで、『向き合う』ことを大切にしていることが彼女の文章から伝わってきます。

 

コロナさんのことだけではありません。さまざまな情報が世界を走りまわり、その渦の中に入ってしまうと、渦に巻き込まれていることにさえ、気がつけないことがあります。そんなときに開いてほしいのが、友人が綴っている『note』です。

 

ちとこの言葉|note
魂と命の意味について考え続けています。 めぐり、めぐる時間の中で、 自分を縛ってきた制限や不自由な考えを脱ぎ捨て自由に、喜びに満ちて生きてゆけるよう 日々思うことをつづります。

 

外の世界とのつながりも大切ですが、自分自身があることで、その人その人の人生の舵取りができます。自分の気持ちと向き合い、「私はどんなことがしたいのか」「何を大切に生きていきたいのか」を感じながら生きていきたいと。コロナさんのおかげで、また心に抱くことができました。

 

今回のブログを書こうと思い、書き出してからすでに2週間くらい立っています。今から公開しようと思っていますが、今の状況と内容にズレがあるかもしれません。

 

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