ラオスの桑茶で癒やされながら養蚕やカイコ、『はらぺこあおむし』を思う

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蚕は、桑の葉しか食べないことは知っていますか?

私たち人間の場合には、日本人ならお米が主食ですが、お米が天候などの理由から不作になった時でも、お芋やうどん、ラーメンなどを食べて空腹を満たすことができます。

でも、蚕に限らす青虫たち(?)は決まった植物しか食べないのです。

ルアンプラバーンの市場で、テーパック型の桑茶が売っています

 

そんな虫たちの不思議を紹介します。

 

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人が養蚕を始めてから5000年以上?

 

絹糸や絹製品を作るために蚕を育てていた養蚕(ようさん)が、かつての日本では主要な職業のひとつでした。多くのすばらしい絹製品が生まれ各地で伝統工芸として、 かけがえのない技として代々受け継がれていきます。

 

そんな大切な営みが安さや手軽さから、海外製品を輸入することや化学繊維の安価さの影響を大きく受け、今ではわずかな地域でその伝統が受け継がれている状態です。

 

蚕から絹を作ることをやめた農家の畑からは、自然に桑の木が減っていきます。わずかに庭先に、桑の木が残っているところもあるでしょう。多くの桑畑は荒れてしまうか、他の作物を植えるために 使われていきます。

 

桑の木が減っていくということは、蚕の食べ物がなくなるということです。それなら、蚕たちは別の木の葉や草を食べればいいと思うでしょう

ところが、蚕には、それはできないのです。

 

蚕は桑の葉しか食べない

 

蚕の研究が進み、桑の葉がない冬の間も飼育ができるように人工的に蚕の好む飼料を開発したり、遺伝子を操作してりんごを食べるようにするなどの研究がされているようです。

 

基本というか、蚕は桑を食べて生きていく生き物です。

 

養蚕場では桑の葉の匂いがする食べ物を、すでに与えているようです。たとえ、匂いがにていても中身はまったく別物です。お腹壊さないのでしょうか。何かが違うと気がついているのでは?と思います。

 

ちょうちょは『食草』であり『狭食性』

 

にんじんの畑にウヨウヨいたのは、キアゲハの幼虫です。

 

アゲハチョウに黄色い模様が入っているちょうちょです。この蝶は、にんじんなどのせり科の葉の部分を食べますが、アゲハチョウのようにキャベツ(アブラナ科)を食べることはありません。

 

中には、イガイガしていかにもおいしくなさそうな(勝手な視点ですが )草しか食べない芋虫もいます。その芋虫の好きなイガイガ草がなくなったとします。

それならもっとおいしいキャベツのところに、親切心で移動させてあげても、その芋虫は生きてはいけません。

 

ほかの種類の蝶と食べ物を取り合うことのないように、決まった植物だけを食べる(食草)ようになったと言われています。そして、もちろん卵を産み付ける葉は卵からかえった幼虫が食べられる葉に産みつけます。ちゃんと匂いでかぎ分けているようです。

 

別の説として、植物は虫たちに食べられないように、虫がイヤがる物質や有毒な成分を体の中に作ります。すると虫たちは植物を安心して食べるために有害物質を分解するすべを見つけるようになります。でも、たくさんの植物が保有するそれぞれの物質に対して対抗策を立てるのは難しいので、決まった植物を食べるようになったようです。

注:『広食性』の青虫もいるようです。

 

 

エリック・カールさんの『はらぺこあおむし(偕成社)』は広食性ですね。槇ひろしさんと前川欣三さんの共著である『くいしんぼうのあおむしくん(福音館書店)』は草食でさえなく、ものすごい壮大な青虫です。この青虫はちょうちょになるのでしょうか?

 

偕成社公式サイトより

 

福音館書店公式サイトより

 

現代に生きる私たちは食べ物を選択をする

 

私たち人は雑食なので、その土地にあるさまざまな恵みを食べることができます。

何かの事情でひとつの野菜や穀物などが食べられなくなっても、雑食である私たちはすぐに命に関わることはありません。

 

たくさんの種類の食べ物を食べるだけではなく、食べ方や食べ物の種類に規則や決まりを作っています。理想の摂取カロリーを計算したり、なりたい自分になるためにダイエットをしたりします。

そしてベジタリアンだったり、マクロビオテック、グルテンフリーやはたまた、ローフードや不食などという考えが生まれています。

 

桑の木は蚕にとって、唯一の食べ物です。

蚕が生きていくためには、桑の木が必要です。それなら、養蚕が今も続くことが、蚕にとって幸せなのか?これもまた疑問が残ります。なぜなら、蚕の幼虫が作った繭玉を繭玉の中の幼虫が孵化する前に、繭玉ごと蒸かしてしまうからです。

 

ラオス・ルアンパバーンで買ってきた、桑茶 を飲みながら思いをはせました。(ここに書きましたすべてのことが思い浮かんだわけではありません。あとから調べて書き加えたこともあります。)

 

桑茶の効果や腸と幸せのとの深いなつながりを書いているページがあります。便秘を改善したい人、幸せホルモンを満たしたい人はのぞいてみてください。

桑茶が持つ優れた成分とその効果~便秘が改善すると幸せが増える不思議~
腸の健康度がそのまま私達の体と心の健康を表すとも言われるほど、腸を健やかにすることが、私達の幸せには不可欠です。桑茶で、腸内環境を整え、つるつるお肌としなやかな気持ちで、毎日幸せにすごしましょう。桑茶は、食物繊維やビタミンだけではなく、カルシウムも含まれています。

 

最盛期がすぎてからの国内の養蚕(マイタウンクラブから)

 

野菜づくりやお米などの穀物を育て食べられる状態までにするには、多くの人が思う以上の時間や労力、工程があります。

自給分ですが、田んぼでお米を作っていたことがあります。その時の体験談を織り交ぜながら、発芽玄米について書いているページがあります。よかったら、のぞいてみてください。

発芽玄米に失敗!原因はお米の乾燥温度?手間と労力のかかるお米づくりの現状
発芽玄米を自分で作るのは、難しくありません。玄米が発芽するのに調度いい温度で水につけておけば、自然に発芽をして鳩サブレのようなくちばしを出します。ところが、稲を収穫して乾燥するときの温度で発芽しにくい玄米になることがあります。芽を出す(命のある)玄米を見つけて、週1回の玄米生活を始めてみませんか?

 

野菜などの作物は人ではありませんが、同じように生きています。それぞれの作物が喜ぶ環境を作り、気持ちを持って栽培をすると、応えてくれるように感じます。そんな野菜たちを食べるのですから、勝手なものと言えば勝手です。

 

蚕を育てる養蚕も、同じように手間と労力がかかります。そして養蚕には、畑作や稲作以上に細やかな気配りが必要です。

 

神奈川県でも養蚕が、盛んに行われていた時期があります。1957年には、8,700戸以上の農家が養蚕にたずさわっていました。良質な絹の人気が国内外で高まり、通常の農作業の合間に蚕を育て始めるなどして養蚕農家数がピークを迎えます。

 

ところが繭の価格が大きく低下し、国が桑畑を減反する方向に政策を進めていきます。安価な化学繊維の需要が増え、絹製品はますます特別な存在となります。労力に見合う採算が取れなくなったことなどの理由から、さまざまな思いを生みつつ養蚕を続けていく農家がまたたく間に減っていきます。

 

それでも、養蚕を続けてきた人たちがいます。その原動力は『伝統』であったり『蚕への愛情』であったりさまざまです。2011年当時、神奈川県厚木市でそれぞれの思いを大切にしながら、養蚕を続けてこられたか方たちの様子を紹介しているブログ(マイタウンクラブ)を見つけました。

今から、約10年前の貴重な記録です。

http://www.mytownclub.com/sns/index.php?guest=true&command=getarticle&asid=754000&aid=22879001003

 

『マイタウンクラブ』での取材から5カ月後に廃業

 

上で紹介させてもらっているブログには、蚕を育てる人たちの様子や思いがとても丁寧に書かれています。

 

野菜やお米は育てたことがありますが、蚕はまったく未知の世界です。知らないことに触れる嬉しさもありますが、『損得や効率』などとは違った次元で蚕たちの世話を惜しみなくされている様子に心が動きました。大変な仕事ではあるけれど、言葉では表せない『生きがい』であったのではと思いながら、読み進めます。

 

ただ、気になるのがこの取材がされブログに書かれているのが、今から約10年も前であること。この方たちは「今はどうされているんだろう」という思いが大きくなり、検索をしてみました。

 

すると、同じ年である2010年10月3日発行の神奈川新聞の記事を見つけました。『県内全養蚕農家廃業』とあります。生き生きと仕事をされている記事から、数カ月後の話です。翌年の2011年に行政からの『助成制度』が廃止されることが、大きな原因のようです。

県内の全12養蚕農家廃業へ、繭の”最後”の出荷作業行い名残惜しむ/神奈川 | 社会 | カナロコ by 神奈川新聞
幕末の横浜開港後、生糸貿易の繁栄を支えてきた県内の養蚕業の長い歴史に幕が下ろされようとしている。2011年度には国の養蚕農家への助成制度が廃止されることもあり、県内の県央地区で養蚕業を営んできた農家12戸が廃業方針を打ち出した。1日には厚木…

 

記事の中には、何年も何年も続けてこられた養蚕最後の出荷の様子が写真で掲載されています。どんな思いで最後の選定をされていたのか、気持ちの表面しか想像することはできません。

 

たまたま今回は桑に関する記事をブログに書いたことで、養蚕や蚕を育ててこられた人たちの暮らしや気持ちを垣間見ることができました。大切してきた伝統や日常が、時代の流れとともに消えていくことは、きっと珍しいことではないのでしょう。

 

私たちが暮らす今の世界では『発展』という名前の変化が、いたるところで起こります。便利さや快適さ、効率の良さや見た目だけに興味を持つのではなく、忘れてしまっているようでも「本当は大切にしていきたい」ことにも思いを寄せるゆとりを持って暮らしていきたいと思います。

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